(1)斜面の印象に着目して生かす
思い出に刻まれた斜面
日々の通学の難関であった大きな坂道、わんぱくぶり競い登った学校裏の崖、地域で一番の急峻な山・・・ふるさとの風景を思い出す時、斜面にまつわる風景はことさらに鮮明です。水平面に比べてそこにあるものが見えやすく、より印象的に目に映り、また往々にしてハードな行動や危険性を伴っており、脳裏に刻まれやすいのかもしれません。
様々な印象を誘発してくる斜面
斜面を見たときの印象には大変興味深いものがあります。
●道路沿いの土手はそこに草花でも咲いていればこちらに向かってアピールしているかのよう。
●山裾の緩やかな斜面を利用した果樹園などはいかにも和やかで、入っていって寝そべってみたくなります。
●同じ山裾斜面でも、上方に神社があると視線は斜面に沿って仰ぎ、厳粛さを増幅します。
斜面はその特徴、状態、眺める位置などから様々な印象を誘発してきます。斜面にあるものとの相関もありそうです。


花咲く土手はこちらに向かってア ピールしているかのよう。
緩やかな斜面は入っていって寝そ べってみたくなる。


土手の柔らかさは人工構造物の印 象も和らげます。枝垂れものとの 相性もよい。
わずかな傾斜の地と天に伸びゆく 木で構成されている心の拠り所、 風景の核心であり、風景づくりの 最高のお手本。

平坦面から徐々に上り、さらに山 へと立ち上がる地形。上方向へ漸 変する斜面のつながりを一望する とき、風景はダイナミックに、気 持ちも高揚します。
風景や活動の観点から見た斜面の特性として以下のような目安があります。
勾配1:10(近似値として5°程度)程度はねころがる・やすむに適する
勾配1:5(同10°)程度はすわる・ころがるに適する
勾配1:4(同15°)以下は風景に奥行きをもたせる
勾配1:4-2(同15-30°)は目につきやすく視覚的に重要
勾配1:2(同30°)以上は切り立った崖のイメージ
参考:「樋口忠彦、景観の構造、技報堂出版」
「青島利浩・ランドスケープ研究会、ランドスケープデザイン2、理工図書」
農山村は多様な印象を誘発する斜面の宝庫
農山村は傾斜のある土地を造成して出現している段状地形、里地を掘り込んで流れる里川、周囲を取り囲む里山等で構成されています。この変化に富む地形を “多様な印象を誘発する斜面の複合” として捉えると、農山村は一見のどかながら、見る者の心境を揺さぶる要素に満ち満ちていることに気付きます。
基本方針:斜面の印象に着目して生かす
“農山村は多様な印象を誘発する斜面の宝庫” と捉え、斜面それぞれの印象に着目し、それを生かし活用することを風景づくりの基本に据えています。
人力だけで、経済的に、効果的に農山村らしさを演出することができます。
とは言うものの、おおよそ里地は田畑、山裾は果樹園、山は山林等として土地利用されていますので、新たに生かせる斜面はほとんどないようにも見えます。観点はそれら土地利用の周辺部です。
道路沿いには建設時に造成された切土法面・盛土法面(のりめん=人工の斜面)があります。里川沿いには土手があります。田畑を画する土手も対象となります。
“土地利用の周辺斜面は風景づくりの着眼点” です。
“風景の余情は土地利用の余白にある” と思います。
具体策1 “田舎のショーウィンドウ” としての見立て
私が取り組む里地内道路沿いには切土法面や棚田の土手などの斜面が並走します。道路を行き交う人にとっては自分の方に面を向けた斜面であり、アピール性があり、言わば “田舎のショーウィンドウ” です。草花やそこに集まる昆虫たちの命の輝きで彩ります。

⇒実践例 4-1-3. 道路沿いの土手 - “田舎のショーウィンドウ” に見立て多彩な植生法面を創出
具体策2 “田舎のパブリックビューイング” としての見立て
郷土は周囲を里山で取り囲まれており、特に集落からよく眺望される急斜面の山腹はアピール性があり、言わば “田舎のパブリックビューイング” です。花木や紅葉木で四季の移ろいを演出します。

⇒実践例 6-2. 里山の風景づくり -落葉広葉樹林の再生・演出
*パブリックビューイング:屋外の大型スクリーンで観覧等を行うこと。
(2)非日常的な斜面の最上方・最下方
斜面の最上方の非日常性
斜面に立ち入ってみましょう。斜面を上方に登り、山裾に至り、振り返れば里はおだやかなたたずまいを見せます。さらに里山に登れば里は徐々に眼下へ遠退き、箱庭を呈し、俯瞰・展望の世界が広がってきます。
斜面の最上方は樹林に包まれ日常から離れた開放的な空間です。日々のウォーキングで里を抜け峠まで行って帰ってくる人たちがいます。

斜面の最下方の非日常性
一方、斜面を下るとその最下位は川という特別な風景域です。かつては河岸林に包まれ、生き物が濃密で、子どもにとっては大人の世界から隔離した隠れ家のような存在でもありました。
今はコンクリート護岸に取って代わり、風景としては全く様変わりしてしまいましたが、それでも川岸に来て川面に目を落とす人たちの姿は消えません。

河岸林が伐採されてコンクリート護岸に取って代わった現在の里川、 民有地側の果樹等が貴重な河畔林となっています。
(3)農山村は多様な印象と非日常性のつまった世界
本来、斜面の最上方も最下方も非日常かそれに近い世界、日常の心身のストレスから解放してくれる非日常、日常に欠かせない非日常性を有した風景の領域であると思います。
農山村は狭小な空間であり、壮大な絶景こそありませんが、一たびそこに立ち入れば多様な印象が湧き立ち、また里の日常からわずか数分か数十分で非日常の領域に到達しうる、親密で濃密な世界だと思います。