(1)雑草と向き合う
雑草対策は風景づくりにおける重要なテーマ
里地は今、農山村の退廃を象徴するかのごとくに雑草に覆われています。雑草と闘ってきた住民にとって雑草の繁茂はこの上ない精神的ストレスであり、除草作業は高齢化や土地離れの進行に伴い負担増となる一方です。
雑草の減退や省力化をめざす雑草対策は風景づくりにおける重要なテーマです。
風景づくりによる雑草の活用
一概に雑草といっても、かつては飼料用、食用、薬用、観賞用などとして利用されてきたものも多く、利用していた時はそれらを雑草と呼ぶことはなかったでしょう。有用植物に代る製品が商品として手軽に入手できるようになり、有用植物は無用の長物 “雑草” となってしまったわけです。現在ほど雑草の多い時はなかったことでしょう。
無用の雑草を風景づくりに活用し有用化することも意識しているテーマです。
(2)在来野草を生かす
圧倒的な存在の外来雑草
郷土の里川に繁茂する清らかな青紫色の草花、それが特定外来生物オオカワヂシャであることを知った時は、まさに驚愕でした。特定外来生物とは法律により規制・防除の対象となっている生物です。こんな上流にまではびこっているとは思ってもいませんでした。特定外来生物ではなくても外来雑草はオオブタクサのように成長が速く大型のもの、セイタカアワダチソウのように面的にはびこるものなど、その存在には圧倒されます。
帰化植物との相互作用
さらに春の香りヨモギ、夏の朝露が似合うその名もツユクサ、秋の彼岸を彩るヒガンバナなどが有史以前にもたらされた史前帰化植物であるとされていることを知ると、里地の植生もまた歴史の積み重ねの一端であることに気づかされます。
在来・外来の別、帰化の経緯などを知ると、見る風景も違ってきます。人の営みが植生という環境を変え、その環境から自身の季節感も変わっていく、そういった相互作用が見えてきます。今、里地は外来雑草であふれかえっています。私たちの感覚は基軸となるものを見失い、マヒしてしまっているのかもしれません。
日本人とその文化を育んできた在来野草
在来野草は太古より日本人および日本文化を育んできました。衣食住においては衣:麻や葛布・草木染など、食:食材・薬草など、住:庭や屋内の景物・カヤ葺き屋根などとして。文化においては和歌や絵画における主要なモチーフとして。また海外との比較では、西欧の紋章において鷲・獅子などの動物が象徴的に図案化されているのに対し、日本の家紋は植物・野草が実に多彩です。
在来野草を前面に引き出す風景づくり
在来種の保全は生物多様性の観点からその重要性が訴えられていますが、私は日本人とその文化を育んできた環境要素としても、またインバウンド(訪日旅行)において日本らしさを拡充するうえでも、もっと在来野草を生かすべきであると考えています。風景づくりにおいて、見るからに鬱陶しい外来雑草を減退させ、在来野草がもっと前面に見ることができるよう取り組みます。
いたる所にはびこっている外来種セイタカアワダチソウ、ここでは
在来種ススキも頑張って混生し「和洋折衷」の風景。
かつて和洋折衷に対し「和魂洋才」や「縄魂弥才」などが提唱され
ました。また、この国に暮らす人々はかねてより海外のものを積極
的に取り入れてきたが根本的なところを変えることはなかった、と
いう指摘があります。上記の熟語はこの指摘を映した言葉のように
感じられます。
この列島に暮らしてきた人々の根本的なところ、「魂」を育んだ環
境要素の一つとして在来野草をあげることができると思います。
“在郷野草”
在郷の在来野草を “在郷野草” と表記します。観賞性のある在郷野草を生かすことは郷土色の創出にもつながります。
(3)めざすのは里地を覆う “緑の薄衣” のイメージ
農山村の風景の美しさの一つによく草刈りされた畦(あぜ)や土手があります。人力造成による土の本体が “緑の薄衣(うすぎぬ)” をまとったようで、ぬくもりがあり、陽光のもとではよりつややかに、湿潤のもとではよりみずみずしく感じます。
畦は土の本体が崩れないように、草の根張りを生かし、草の被覆が形成されるように維持管理してきました。在郷野草による被覆には帰化雑草の侵入を防ぐ機能もあります。維持管理が手薄になっている今でも、郷土の畦や土手には多種の在来野草を見ることができます。
“緑の薄衣(うすぎぬ)”をまとったような草刈り直後の棚田の土 手。この土手にはジャノヒゲ、クサボケ、ノギク類、ヤマハッカな どの在郷野草を見ることができます。
雑草に圧倒されている現状から抜け出し、将来に見据える風景は在郷野草主体の “緑の薄衣” が広がる世界です。それは畦や土手の植生状態を平坦部にも広げるイメージです。
“緑の薄衣” の創出により、農山村の原風景の基盤であり、手づくりのぬくもりのある里地の造成地形を潤い豊かに浮かび上がらせることをめざします。
ほぼ手づくりの里地の造成地形にまとう“緑の薄衣”のイメージ。
(4)雑草対策方法1
① 雑草の開花・出穂時刈り取り
雑草を減退させる方法として考えられるのは “雑草の開花・出穂時の刈り取り” です。
その根拠は、●一つに種子散布による繁殖の阻止につながります。
●また多年生雑草(⇓)のように地中の根茎(⇓)などが養分を貯蔵し繁殖機能を有するものは、開花・出穂までに光合成により葉に貯蔵していた養分が根茎などに運ばれ貯蔵されるのを阻止し、さらに再生のために根茎などに貯蔵していた養分を消費することから、弱体化につながります。
厳密には結実までに刈り取ればよいわけですが、結実は見た目に分かり難いこと、またイネ科雑草などは花自体も分かり難いことから、確実性と余裕とをもって開花・出穂時にしています。
【根茎】
こんけい:地中の茎で、丈夫な根のように見える。
【一・二年生雑草】
繁殖は主に種子による。
生活環(種子の発芽→生長→開花・結実・散布→枯死)が1年・1年以上2年以内
ヤハズエンドウ、カヤツリグサ、メヒシバ、ヒメジョオンなど
【多年生雑草】
繁殖は種子と根茎などからの萌芽の両方によるものが多い。
地中の根茎などから毎年萌芽し、地上の茎・葉等を生長させ、開花・結実し、 個体として何年も生き続ける。根茎は光合成により作られた養分の貯蔵所でもあり、貯蔵された養分は地上部の生長に使われる。根茎は細断されても萌芽・再生する。
スギナ、ヨモギ、ハルジオン、ギシギシ、セイタカアワダチソウ、ススキなど
取り組んでいる面積もあり、今は概して後追いの状況であり、現時点でこの方法は努力目標になっています。それでも少しずつ効果が見え始めています。
一度開花時刈り取りを行い、その後に生長して再度花を付けたセイ タカアワダチソウ。草丈はかなり低く、鬱陶しさはそれほどありま せん。効果の一段階です。この時点で再度刈り取りを行います。
② 高刈り
「雑草は、在来種が共存・競争のもとに動的均衡を保っているところへ外来の帰化植物はなかなか侵入できないが、人工的な土地の改変等により攪乱された地面が出現すると、帰化植物はここぞとばかりに入り込み、旺盛な生長力・繁殖力をもったものが急速に自分たちの世界を築く」のだそうです。
草払機による草刈りの仕方として、チップソー(円盤型刈刃)が地面を切り刻むようにして、雑草の根元までを刈り取っているところをしばしば目にします。このような地面を攪乱する方法は、上記の自然の摂理からすると、帰化雑草のための永続的な生存環境をつくり出す行為ということになります。
写真左:地面まで切り刻む一掃の草刈り。 写真右:その後に占領した帰化雑草群。
そこで雑草の刈り取り方法は、地面上一定の高さで刈り取る “高刈り” を採用しています。
高刈りでは雑草がすぐに生長してくることから、刈り取り作業の頻度を高めることになりますが、刈り取りのタイミングは “雑草の開花・出穂時” です。
“雑草の開花・出穂時の刈り取り” と “高刈り” とは対の方法です。
この草刈り方法は、相応の成果が出るまでは高頻度での刈り取り作業を要すことになりますが、一回の作業は軽易で短時間で済みます。時には抜きん出た特定の草種のみに限っての作業になります。例えれば年1~3回の草刈りは毎回が大掃除、それに対しこの草刈り方法は習慣的な中~小掃除です。
在郷野草の保全・増殖
高茎の雑草が優占していても、それらの密度が低い場所には小型・匍匐型(ほふく、地表付近をはうこと)の在郷野草がしたたかに生育していることがあります。
“高刈り” は小型・匍匐型の在郷野草に対してその保全を果たすことができます。さらに “高刈り” を継続すると匍匐型の野草はどんどん陣地を広げていきます。
このような在郷野草として郷土にはカキドオシ、ヘビイチゴ、オヘビイチゴなどが見られます。これらは花や実や葉に観賞性があり、風景を多彩に彩り、楽しませてくれます。
高刈りにより姿を現した在郷野草カキドオシ。
(5)雑草対策方法2
“緑の薄衣” を創出する方法として、地被植物等の導入も考えられます。
地被植物
地被植物(グランドカバー)は文字通り地面を被覆するタイプの植物であり、陽光が地面に射し込むのを遮ることによる雑草抑制効果が期待されます。
地被植物の植栽場所は主に歩行者の多い道路の側方緑地です。
先ずは市販ものを購入して試行し、また雑草の中から他の雑草抑制機能を有するものを見出しては可能性を探っています。
⇒4-1-1. 道路側方の風景づくり -整然さ・彩り・雑草抑制を兼ね備えた地被の形成
在郷野草のなかで雑草抑制機能を有するものとして、今のところ可能性が見られるのはオヘビイチゴ、ヤブカンゾウです。
⇒(3)地被への応用 オヘビイチゴ -在郷野草・観賞性・雑草抑制もあり期待大
⇒(4)地被への応用 ヤブカンゾウ -在郷野草・観賞性・食材・雑草抑制もあり期待大
その他
植物には化学物質を放出して他の生物へ作用を及ぼす現象(アレロパシー/他感作用)があるのだそうです。この現象の一つである他の植物の生長を阻害する機能に着目した雑草抑制が農地等において行われています。私も地被植物等を導入するに際し、アレロパシーが強いとされる植物を選定し育成していますが、概観では今のところ効果の確認はできていません。
(6)生態系への配慮
生態系被害防止
郷土に見られる主な雑草について調べつつ整理し、生態系への配慮から以下のような方針を立てて取り組んでいます。
① 法律による規制・防除の対象である特定外来生物(植物)については極力駆除する。
取組みエリアにおける主な対象種: オオカワヂシャ(里川) *イメージ写真
② 環境省・農林水産省が生態系等に被害を及ぼす恐れのある外来種を選定した生態系被害防止外来種(植物)については、同省の示す「利用上の留意事項」を把握した上で、個々の状況を踏まえた扱いとする。
取組みエリアにおける主な対象種: ヒメジョオン、オオブタクサ、セイタカアワダチソウ、外来性タンポポ類、 ハナニラ、アレチヌスビトハギ等(以上里地) キショウブ、オランダガラシ(クレソン)、コカナダモ等(以上里川) モウソウチクなどの竹類(里山、里地)
③ 雑草抑制効果のあるアレロパシーを有する植物は生態系被害防止外来種に該当するものが多い。外来種対策と同様に省力的雑草対策も重要なテーマであることから、生態系被害防止外来種であっても雑草抑制効果が期待される植物は「利用上の留意事項」に配慮しつつ試行的に導入する。
望まれる地域・組織としての取り組み
草の名前を覚え、性質を知り、対応することは、興味・関心がなければ入り込み難いものでしょうし、また新たな負担になりかねません。この取り組みには地域としての対応あるいは支援体制づくりが望まれます。地域のなかで興味・知識のある人が担当を担う、また行政が指導的対応を行うなどの方法が考えられます。
(7) “負担” から “やりがい” へ
地域住民の方からは草刈り作業の大変さや、中には「何でこんなことをしなければならないのか」といった嘆きの声さえ聞こえてきます。一方、私が雑草対策の作業をしていると、地域の皆さんから興味・賛同・感謝などの声・笑顔を掛けていただき、それらは私にとって大きな励みになります。
雑草対策の効果は見通せない部分があるものの、一方で突然目の当たりにすることもあります。
雑草対策を風景づくりとして取り組むことにより、負担や労働を超え、やりがいや感動体験へと誘ってくれます。そこに風景づくりの真髄があります。